映画『秒速5センチメートル』を秒速5コマ再生してわかったこと

Amazonのプライム・ビデオで、新海誠の作品がいくつか無料で観られるようになった。『君の名は。』以外はまだ知らなかったので、とりあえず尺が短い『秒速5センチメートル』に目を通してみた。

同じ登場人物の成長過程を、時間軸によって3話構成で紹介する流れになっている。1話は平凡な恋愛アニメかと思ったが、2話でにわかに不穏な感じが漂い始め、3話のサプライズで打ちのめされた。

軽い気持ちで見始めたのに、結末が衝撃的すぎてしばらく仕事が手につかなかった。『ラピュタ』の映画を観ていたつもりが、なぜか途中で『風立ちぬ』に変わってしまい、シータが死んでしまうくらいのショックを受けた。

スローで観ないと理解できない

全体的に絵がきれいなのに、特に3話のラストはBGMに合わせて、もったいないくらいカット割りが速すぎる。PCでコマ送りしながら見直してみると、ようやく本来のストーリーを理解できた。

『秒速5センチメートル』は映画館で普通に見るのと、PCやテレビでスロー再生しながら観るのとでは、だいぶ印象が異なると思う。初めて見ると、第3話で起こっている事態が何なのかわからない。そしてヒロインの消えた踏切のラストシーンでは、絶望しか残らない。

ひと言でいえば、「幼馴染カップルのうち、男が精神を病んでいき、女が見捨てて去っていく」という暗い映画だ。しかし何度か見直すと、少しはポジティブな面もあることに気づく。

これは単にバッドエンドで観客を驚かせるだけの一発芸ではない。自分の解釈としては、初恋にからめて「中年の危機」を語る文学作品のように思われる。『君の名は。』より短くシンプルだが、ずっと奥が深い。

秒速5センチ適性判定

ウェブのレビューを見ると、『秒速5センチメートル』の評価は肯定派と否定派に大きく分かれるようだ。端的に言えば、主人公の「携帯電話でポエムを書く」という習慣をどう思うかで適性がジャッジできる。

  • あるある、自分もよくやってた(主に男性陣の共感)
  • うわっ、気色悪い(主に女性陣の感想)

2話で貴樹君が目を覚ましたあと、「異星の草原をいつもの少女と歩く…」と携帯メールに夢の内容を記録している。かなり恥ずかしい内容なので、ノートに書いて引き出しにしまっておくよりも、携帯にでもメモしておいた方が確かに安全だ。

ただし書いた直後にメールを削除してしまい、「出すあてのないメールを打つ癖がついたのは、いつからだろう…」という独白が続く。それまで度々出てきた「携帯をいじるシーン」は、栃木の彼女にメールを返信しているのではなかった。ひたすらポエムを書いては削除するという行為を繰り返していたのだ。

寝起きならともかく、日中も学校で毎日ケータイ小説を書いて(そして消していたら)不気味だ。常識的なコメントとしては、率直に「気持ち悪い」(by 惣流・アスカ・ラングレー)だろう。この映画が好きだと公言することは、社会的なリスクをともなう。

ただの恋愛映画ではない

しかし貴樹君の奇妙な習慣は、3話の壮絶な展開を了解させるための伏線なのである。1話はあえて平凡な小中学生のエピソードを描き、話が進むにつれて「普通の恋愛映画でなくなる」という展開に興味を覚えた。

  • 1話はどうでもいい(中学生の遠距離恋愛)
  • 2話はちょっとおもしろい(南の島で精神を病む高校生)
  • 3話はすごくいい(人生の勝ち組と負け組)

『君の名は。』でもパラレルワールドのSF的な展開にゾクゾクしたが、本筋やラストシーンは何だったのかさっぱり覚えていない。どうも新海監督作品の魅力は、平凡な娯楽映画と見せかけて、徐々に普通じゃない展開にずらしていく手腕にあると思う。

この作品も、お子様・青少年というより中高年向けのツボが押さえてある。最近のマンガでたとえると、『恋は雨上がりのように』に近い悲哀をはらんでいる。

第3話の混乱とサプライズ

1・2話から大学時代をすっ飛ばして、20代も後半と思われる3話に飛躍するところがおもしろい。

貴樹君がコンビニで読むNewtonの人工衛星記事が「1999 to 2008」となっているので、高校生から9年後の25~27歳くらいの設定だろう。本来なら大学や社会人としての活動も含めた4~5話構成にすれば、時間的進行が均等になったはずだ。

3話で急に時間が飛び、さらに説明が少ないので、初見では何が起こっているのかわからず混乱する。明らかに「東京に戻った二人が再会して結婚する」という筋なのだが、貴樹君はなぜか婚約前の彼女の電話に出ない。二人とも生活がすさんでいて、あまり幸せそうに見えない。

明里ちゃんが待ち合わせていた男性が「別の男だった」という描写で、ようやく状況が理解できた。ぼんやり見ていると、3話に出てくるメガネをかけた第4の女性(水野さん)が、明里と同一人物だと誤解しやすい。

そこから先は、うらぶれた貴樹君の日常と、幸せな明里ちゃんの結婚生活が痛烈に対比して描かれる。そして最後は、物語の冒頭で出てきた桜の花びらが散る踏切で、二人がすれ違うシーンで終わる(男は未練があるが、女はきっぱり忘れている)。

男性はロマンチストで、女性はリアリスト」という典型的なレッテル貼りだが、結末は常識的で不自然なところは何もない。ただこの展開が1~2話の流れからは、全然予測できないところがスリリングなのだ。

なぜ貴樹君は落ちぶれたのか

中学生の貴樹君はサッカー部で生徒会に所属。転校先の高校では弓道の練習をしていて、典型的な優等生という感じに見える。途中までは『君の名は。』に出てくる瀧君のような、ステレオタイプの好青年と思っていた。

2話のポエム事件を経て夢のシーンが増え、徐々に歯車が狂っていく。3話になると、貴樹君はうだつの上がらないプログラマーとして糊口をしのいでいる。肥満体とか若ハゲが進んでいるような描写があれば、さらにリアルだったと思う。

二人とも読書家で、小学生の頃に図書館で仲良くなったというエピソードがある。高校生の明里ちゃんが読んでいる本はカポーティの『草の竪琴』。貴樹君の手元にあるのは、科学雑誌のNewtonやプログラミングの本ばかりだ。もし彼が小説を読んでいるとしたら、ヘルダーリンの『青い花』とかだと思う。

携帯ポエムを中二病と片づけるのは軽率すぎる。ここまで高度なナルシシズムに没頭できるのは、多少知恵がついた高校2年生くらいが適齢期。ただしその傾向を社会人になっても引きずっているのは異常だ。

中学生の明里ちゃんが手紙で書き、口頭で伝えた「あなたはきっと大丈夫」というメッセージ。素直に考えると、夢見がちで頼りない貴樹君に自信を持たせたいという意図なのだろう。しかしその願いはかなわず、後に出会う鹿児島や東京の女性も彼を救うことはできなかった。

恋愛が人生のすべてではない

あらためて考えると、3話の貴樹君がとらわれているのは単純に「初恋や過去の思い出」だけでないような気がする。学業や仕事の上でのストレスから、たまに昔のことを思い出すという程度なのだろう。

「この数年間、とにかく前に進みたくて、届かないものに手を触れたくて…(中略)…そしてある朝、かつてあれほどまでに真剣で切実だった思いが、きれいに失われていることに僕は気づき、もう限界だと知ったとき、会社を辞めた」

このセリフの対象は恋愛でなく仕事上の目標だと思う。退職するきっかけになったのは「燃え尽き症候群」ではなかろうか。さすがに「初恋をこじらせすぎて仕事が手につかない」という解釈は、異質すぎて感情移入できない。

おそらく貴樹君は2話表題の「コスモナウト(宇宙飛行士)」になりたかった。もしくは人工衛星の開発に関わる仕事がしたかったのだ。どこかで進路に挫折して、今はしがないプログラマー稼業に身をやつしているだけだと想像できる。

高校時代の進路調査で「宇宙工学を志望する」というような具体的説明はなかった。ただ種子島に転勤になった両親の職業は、おそらく宇宙産業関連だろう。趣味や進路に関しては、親の影響も十分に考えられる。

最後にコンビニの雑誌コーナーでNewtonを手に取る場面からは、恋愛というより職業上の未練を連想させる。打ち上げられたロケットが象徴するものは、きっと初恋の相手だけではない。

3話のラストはまるで主題歌のPV

ラストシーンは主題歌の山崎まさよし”One more time, One more chance”に合わせて、セリフのない短い映像が連続するスタイルになっている。曲の抑揚だけでなく歌詞と場面までリンクしているので、ほとんどプロモーション・ビデオのような感じだ。

コンビニ内のBGMと見せかけて、にわかに聞き覚えのあるテーマソングが流れ始める。そして新宿の夜景をバックにボリュームが上がって『秒速5センチメートル』のタイトルが出る。ストーリーとは関係なく、この場面だけでも感動して泣ける。

ここから先はPVというよりVJ的なエフェクトで、めまぐるしく映像が切り替わる。カット割りを速めて、ラストシーンに向かって緊張感を高める効果がある。そして『秒速5センチメートル』を読み解くカギは、この細切れシーンの連続に隠されている。

二人の関係がフェードアウトした理由

1話であれほど親密になったのに、なぜ高校生になったら文通をやめて疎遠になってしまったのか。貴樹君が空虚な携帯メールを打つようになった理由が、3話の回想シーンに隠されていた。

どうやら種子島に引っ越したあとも、しばらく文通は続いていたらしい。しかし制服が変わって高校生になると、郵便受けを開けても手紙がなくがっかりしている。やがて二人とも別の彼氏・彼女(のようなもの。花苗ちゃんは片思い)ができて、郵便ポストが気になりつつも素通りする場面が交互に描かれる。

中学から高校へ進学して、まわりの環境は激変する。当人たちも精神的に成長する。おそらく文通しながらも、価値観や感情のすれ違いが増えていったのだろう。時の経過、あるいは映画の副題にもある物理的なdistanceが二人の心を遠ざけて、自然とフェードアウトしていったようだ。

繊細なポエマーの貴樹君には、さすがに鹿児島から栃木まで会いに行く度胸などない。種子島から打ち上げられるロケットを見て、栃木まで1,000kmくらいの距離をまるで宇宙の深淵のように想像してしまう。

二人の回想シーンが終わると、冒頭の桜並木から踏切の場面に続く。曲が終わって電車が通りすぎると、貴樹君の視線の先に明里ちゃんはいない。余韻のギターとエレピがぽろぽろ鳴って暗転し、エンドロールに変わってピアノが流れはじめる。この映画の泣かせどころだ。

実はラストはポジティブ

最後の踏切で彼女が残っていて、二言三言会話して別れれば、まだ救いようがあったといえる。しかしラストシーンをコマ送りでじっくり観てみると、それほど絶望的でない気もしてきた。

青空に向かって遮断機が上がる。貴樹君は少し朗らかな表情になって、踵を返して歩きはじめる。「小学生の頃の思い出の場所に来れば、初恋の相手と再開できる…」そんな都合のいいことなど、あるわけないと悟って現実に戻ったようだ。

きっとその後、貴樹君はフリーランスのプログラマーとして活躍するか、特技を生かしてケータイ小説家になったりするのだろう。その先は語られずに映画は終わるが、なんとなく主人公も最後は救われたように見える。

1話に「明里…どうか…もう…家に…帰っていてくれれば…いいのに…」という印象的なセリフがある。3話まで来ると、「こんな(にダメな)自分のことは、もう放っておいて、忘れてくれればいい」という意味に受けとれた。

かつての恋人の幸せを願うその気持ちは、少なくともかなえられたのだ。共倒れにならなかっただけまし。かわいそうなのは、貴樹君よりむしろ彼に振り回された女性たちだ。

村上春樹との類似性

新海監督が影響を受けたと公言しているせいか、その作品は村上春樹の小説と比べられることが多い。

ひとつだけ取り上げるとしたら、『秒速5センチメートル』の人間模様は『ノルウェーの森』と似ている。ただし深刻に病んでいるのは男の子の方で、第3、第4の女性(花苗ちゃん、水野さん)が更正させようとするが、結局うまくいかない。

種子島や東京での恋愛エピソードも、成就していればそれなりに幸せだったことだろう。普通にしていればモテる男なのに、小中学生時代のほろ苦い思い出に固執してチャンスを生かせないでいるとしたら惜しい。

やはり彼が挫折したのは恋愛だけでなく、持ち前の内気な性格や奇癖により、仕事の上でもトラブルがあったと考えるのが自然だ。そのあたりの説明を追加すれば、この映画の理解者はもっと増えたと思う。

こじらせ男子というより「中年の危機」

街中で初恋の相手に似た人を見かけて、ふと振り返ってしまう経験くらい誰にでもあることだろう。書いたけど出せなかった手紙のひとつやふたつ、実家の押し入れにしまっている人もいるかもしれない。

『秒速5センチメートル』をありふれた中二病の失恋映画と片づけてしまうのはもったいない。明里ちゃんや花苗ちゃんに自分を重ねてみることもできるだろう。なんとなく、いろいろな人の記憶を呼び覚ます、普遍性が散りばめられている気がする。

たとえば「ミドルエイジ・クライシスに差しかかって、ノスタルジーに浸りがちな中年の心理」を描いた作品と受け取ることもできる。第3話の年齢設定は、別に30代や40代でもよかったと思う。ラストシーンのショックを乗り越えて、しんみりと映画の良さがわかるようになってしまったら、そろそろ人生も下り坂なのだろう。

貴樹君も過去を振り切って幸せな家庭を築いたのち、胸を張って明里ちゃんと再会するエピローグはありえる。個人的には『シェルブールの雨傘』のラスト、ガソリンスタンドでの再会シーンのような続編が出ることを期待したい。

(マンガ版のレビューはこちら)

秒速5センチメートル

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