谷尻誠『CHANGE』レビュー。蔦屋家電トークイベントの感想

建築家、谷尻誠さんの新著『CHANGE-未来を変える、これからの働き方-』のレビュー。たまたま二子玉川の蔦屋家電で開催されていた、発売記念のトークイベントにも参加させていただいた。

雑誌でよく見かける有名人に会えるということで感激。プレゼンも1時間あっというまに過ぎてしまうくらい刺激的だった。さらに本を読むと、谷尻さんのすごさは見た目やしゃべりだけでないとわかってきた。

スライドなしのガチトーク

会場前方には大型モニターが置かれていたので、最初はここに作品を映しながら説明するのかなと思った。

蔦屋書店のトークイベント

しかしイベントでは著者と編集者の方が登壇されて、二人の会話だけで盛り上げるというシンプルな方式。いかにも建築家「らしくない」プレゼンで、逆に新鮮だった。著作には「空間をつくる時も僕はコトバありきです」と書かれていたので、なるほど筋が通っている。

お二人のトークは谷尻さんの近作紹介を交えながら、仕事に役立つ考え方という内容が中心だった。小難しい建築の専門用語は一切出てこない。代わりにiPadを使って、開発中のアプリを見せてもらえたりした。

時間帯と場所的に、聴衆は建築系以外のビジネスマンや通りすがりの買物客が多いように見えた。数あるネタの中から、オーディエンスが興味を持ちそうな話題を選んでくれるという、サービス精神のようなものを感じた。

雑誌でよく見る理由

会話の中で印象に残ったのは、編集者の方が以前、安藤忠雄を取材したときのエピソード。ボクシングの話から始まって人生論のようなものになり、自作の説明などは一切出てこなかったという。

谷尻さんのトークにも、それと似たような雰囲気を感じる。建築家というよりクリエイティブディレクター。世の中の建築家が9割くらいプロダクトのことしか考えていないとすると、5割はマーケティングに気をつかっている。いくら製品が良くても宣伝しないと売れない。建築もそれは同じ。

狭い業界にとらわれず、雑誌やSNSを活用して一般の消費者にプロジェクトをアピールする。そして共感をもとにクライアントを獲得するという、好循環を実現している。普段建築の専門誌など読まない人でも、ファッションやビジネス系の雑誌でよく見かける売れっ子建築家。そんなイメージのおかげで、初対面なのに不思議と親近感を覚える。

主宰する設計事務所は、なんといっても東京と広島でスタッフ40名を抱える大所帯。100件以上の案件を同時に進めつつ、相当な売上を立てているのだろう。谷尻さんには建築家という以上に、起業家・経営者としての才能があるのではないかと思う。

第二の安藤忠雄かザッカーバーグか

安藤忠雄もどちらかというと、大御所建築家というより、だみ声でしゃべりまくる大阪のおっちゃんという人柄だ。「大学の建築学科を出ていない」という経歴を逆手にとり、都市ゲリラと名乗って過激な作品を発表してきた経緯がある。

2017年に開催された国立新美術館の展示では、クライアントに向けて送った手紙や自作のプレゼントが展示されていた。安藤さんは作家である以前に、顧客との関係づくりやコミュニケーションを相当重視している。エスタブリッシュな建築家であると同時に、抜け目のない商売人という一面もある。

おそらく谷尻さんも同じ路線を狙っていそうな感じがする。公式プロフィールは建築家/起業家。昨今の人気ぶりと、著作を読んだ印象からすると、第二の安藤忠雄になってもおかしくない。それどころか、本当にフェイスブックのような設計事務所をつくってしまいそうな勢いがある。

建築家の働き方・売り方の本

イベントの帰りにさっそく本を開いてみて、おもしろすぎて一晩で読み終えてしまった。内容としては仕事術やプレゼンのコツといったハウツーものが大半で、実作はほんの少し紹介される程度。

これまで建築家の書く本といえば作品紹介が中心か、そのベースになる住宅・都市論のような難しい話が多いと思っていた。しかし『CHANGE』は広くデザイン業界に関わる人、あるいは広告や製品プロモーションを手がけるビジネスマンが読んでも役に立つ。

建築関連の人が書いた仕事論といえば、西村佳哲さんの『自分の仕事をつくる』シリーズが有名だ。そちらは「どうやっていい仕事をするか」という、作家側の心理や方法論を掘り下げている。

これに対して谷尻さんの本では、「どうすればクライアントに売り込めるか」という生々しいテクニックが披露されている。ここまで営業の手口をさらけ出してくれる建築家の本は、今までなかったように思う。未来の施主さんというよりも、建築設計を手がける同業者の方がよっぽど参考になる。

エグザイル系の建築作品

掲載されている作品の中で興味を持ったのは、2007年竣工の広島にある個人住宅。「お施主さんが事務所に…ちょっとヤンキーっぽい車に乗ってきた」と紹介されている。所員もおじけづくヤバそうな案件をポジティブにとらえ、斬新な素材や技法を試せたという逸話がおもしろすぎる。

本に載っている写真は、軒が切れそうなほどエッジが立った黒塗りの建築。これに住む人はまず普通でない。かつてのキリンプラザ大阪のような悪のオーラが漂っている。しかしよく考えると、これはクライアントの特徴をうまく反映したデザインでないかと思う。

15年前に流行った『負け犬の遠吠え』というエッセイに、「エリート女性は余りゆき、ヤンキー達の子孫のみが増えていく」と書かれていた。すると生涯未婚率が2割近くに上がった今、これから施主になってくれる可能性があるのは、不良の子どもたちばかりということになる。

アトリエ系の現代建築というカルチャーも、茶や書道のように一部の愛好家によって細々と支えられていくだろう。しかし建築をIT業界のように発展させるなら、センスのいいクライアントばかりを選んではいられない。少々ガラの悪そうなお施主さんにも間口を開くというのは、ビジネスとして正攻法といえる。

もし現代において『10宅論』のような本が書かれるとしたら、ミニマリスト、エグザイル系、セカイ系といった新分類の顧客層が出てくるだろう。『HiGH&LOW』のロケに使ってもらえるような建築を設計できたら、爆発的にヒットしてもおかしくない。

自社ビルに先行投資する理由

イベント中に谷尻さんが、「建築家というのは、他人のお金で自分の好きな作品をつくる詐欺師のようなもの」とおっしゃられていた。確かに顧客ありきの受注産業なのに、作品を通してブランドを確立しないと売れないジレンマがある。Win-Winの関係を築けなければ、施主をだまして利用するような面があるのも否めない。

そこでまだ世の中にない建築を、先に自分でつくってみせる、と考えるところが斬新だ。実際にはSUPPOSEくらいの事業規模があるか、スポンサーがいなければ大金を要する先行投資は無理だろう。しかし理想の建築を先につくって、それに共感してくれるクライアントを集めるというのは、効率良い宣伝方法に思われる。

ホテルや食堂付きの設計事務所というアイデアは、お客さん以上にそこで働くスタッフによろこばれる。コンセプトを詰め込んだ本社ビルを先に建てれば、営業にも採用にも役立って一石二鳥という合理性を感じた。

謎の仕事道具紹介コーナー

『CHANGE』で紹介されているプロジェクトは、突拍子もないアイデアに見えて、実はしたたかな戦略で裏打ちされている。例えばこの本の巻末には、なぜか谷尻さん愛用の仕事道具やバッグがカラー写真で紹介されている。

本の流れからすると、特に意味のないコーナーに思われる(笑)。しかし自分のようなミーハー読者からすると、有名人のカバンの中身は気になるもの。これも読む人に親近感を与えてフォロワーを増やす仕掛けのようだ。

建築業界のパラダイムシフト

ライバルはスティーブ・ジョブズ」と豪語しつつ、自ら異端児と名乗る在野の建築家。そのアウトローな雰囲気と商売っ気たっぷりなプロモーションが、独特の魅力になっている。今の時代、自著に対してEXILEに推薦文を書いてもらえる建築家など、ほかに存在するだろうか。

谷尻さんが建築業界のパイ(市場や顧客層)を広げてくれたら、恩恵を受ける同業者も増える。さらに事務所が成功して株式公開でもしたら、後に続く世代にとってすばらしいロールモデルになると思う。

とらえどころのない作風やパフォーマンスは、まさに本書でリスペクトされているレム・コールハースのような印象を受けた。『CHANGE』の語り口はマイルドだが、若手建築家に向けたアジテーションともいえる刺激的な本だ。

CHANGE-未来を変える、これからの働き方-

CHANGE-未来を変える、これからの働き方-

谷尻誠
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