『おひとりさまの老後』を読んで孤独死に備える男おひとりさま

上野千鶴子『おひとりさまの老後』レビュー。同じシリーズの『男おひとりさま道』も読んだが、書いてある内容はほとんど一緒だった。男性なら後者だけ読めば十分だろう。

どちらもたいてい図書館の老後コーナーに並んでおり、いわば老人学とでも呼べるジャンルの代表的著作。親の介護はまだ先だが、今の自分の暮らしはほとんど老人と変わらない。勉強になるかと思って最近このあたりの本を漁っている。

老後のハウツー本はたいてい定年退職した家族持ちのサラリーマン向けで、あまり参考にならない。「おひとりさま」をターゲットにしたこの本なら、このまま独身のまま人生を終えそうな自分にも役に立つかと思って借りてみた。

負け犬の30年後

2007年に出版された『おひとりさまの老後』は、当時75万部も売れたベストセラー。その頃自分は20代だったのでまだ老後に対する興味もなく、そんなブームがあったことすら知らなかった。

有名な上野先生の本だが、語り口はきわめてマイルド。社会学的な専門用語もあまり出てこない。引用されている本も、手軽に読めるレポートやウェブサイトのたぐいが多い。歯に衣着せない皮肉が冴えていて、流行った理由もわかるような気がする。

内容は生涯独身、離別・死別シングルの女性を対象に、暮らし方や友達づきあい、お金と介護、臨終の準備について語られている。途中までは独身女性の処世術といった感じで、それほど目新しい感じはしない。

興味深いのは終盤の介護と孤独死に関する部分だ。いわば『負け犬の遠吠え』の30年先を描いたような本。シングル女性がどのよう介護の手段を選び、臨終や葬儀に向けて身辺を整えるべきかという知恵が紹介されている。

介護市場の矛盾

著者の特徴は、民間・公共を問わず介護サービスというものを信用していない点にある。80年代末に出版された大熊一夫の『ルポ 老人病棟』という本を参照しつつ、

ケアの質と料金は相関しない、ケアサービスに市場淘汰ははたらかない

と看破している。そして介護業界に顧客満足度があてはまらない理由としては以下の3点。

  1. 介護される側がいわば介護を受ける初心者で、なにがよい介護か判断する基準をもたないこと
  2. くらべるほどの選択肢をもたないこと
  3. イヤなことがあってもそれを相手に伝達できないこと

確かに介護というのは人生の終盤で、一度受ける機会があるかどうかというサービスだ。現在の医療水準で他人の世話にならずぽっくり死ねるの低確率。誰でも死ぬ前に介護は受けざるを得ないと覚悟しておくべきなのだろう。

そして自分が痴呆になるとか、他人にシモの世話をしてもらうとかは、あまり考えたくないもの。そのため、適切な介護サービスを調べたり準備することもないまま、行き当たりばったり施設に入れられる羽目になるのだと思う。

介護問題とは、死に際に高確率で遭遇する交通事故のような気がしてきた。事故に遭う前から病院や保険会社、示談交渉の弁護士について下調べする人は少ないだろう。偶然車にひかれた場所で、最寄りの救急病院に担ぎ込まれるというイメージだ。

消費者に他業者と比較して選んでもらう必要がないので、介護市場に淘汰が働かないという主張も理解できる。そして病院と同じく、サービス内容が気に入らないから他に移りたいというのも、気持ち的に難しいというのはよくわかる。

在宅医療という希望

老人ホームに入るのは、本人の希望というより家族の厄介払い(姥捨て山)的な動機が強いと本書は指摘している。そしておひとりさまであるメリットは、配偶者や子供の利害を気にしなくていいということだ。

老後まで独身で過ごした女性はひとり暮らしに慣れているはずだから、介護施設の相部屋より自分の家が落ち着くはず。どんなあばら家でも、住み慣れた我が家が一番だという。病院や施設でなく、自宅にいながら介護や終末医療を受けたいというのが著者の強い希望だ。

『男おひとりさま道』の方では、日額1.5万ほどで泊まり込みの家政婦さんに来てもらうなど、さらに具体的な方法についても紹介されている。

有料老人ホームの入居金は場所によって数千万もするらしいから、持ち家があるなら売らずに活用する方法もある。介護用品はレンタルで済ませ、自宅をバリアフリーに改造すれば、確かにその方が合理的で生活も自由だろう。

問題はそうした在宅医療や看取りをサポートする介護サービスが、自分の住んでいる地域に存在するかという点だ。ケアサービスに市場原理が働かず、そして実際にサービスを受けてみるまで内容がわからないという状況からして、質の高い業者を選べるかは運といえる。

あるいは元気なうちから各地の実情を調べたうえで、介護サービスが充実した地域に移り住むか。おひとりさまの本を読んで、もし将来家や土地を買うならそのエリアの病院や介護施設も調べておくべきだと感じた。

入院で介護を疑似体験

私事だが、先日膝の手術で1週間ほど入院する機会があった。病室は差額ベッド代のかからない4人相部屋。手術の後は腰椎麻酔で下半身がマヒしたため、ちょっとした障害者の気分も味わえた。

何もしないでも朝昼晩3食出てくる入院生活は気楽なものだ。しかし古い病院だったので、シャワー室がラウンジがやけに狭くて不便だったりする。そして看護師さんがいつ病室に入ってくるかわからないので、自分のベッドでおならができない(すかしても臭いが残る)。

退院して自宅に帰り、もっとも気楽だと感じたのは自由に放屁できる点だ。病室の男性同居人とはお互いさまなので気にしないが、若い看護婦さんに屁の臭いを嗅がれるのは恥ずかしい。向こうもプロなので承知しているとは思うが、さすがにそこまで厚かましくはなれない。

また相部屋の住人が高齢で重篤だと、たいてい夜中もうめいたりナースコールで睡眠を妨げられることになる。自分もいびきや歯ぎしりで迷惑をかけているかもしれないので、人のことは言えない。

相部屋に入院するのは、安いゲストハウスで得体の知れない隣人と暮らすようなもの。1日くらいなら不便も思い出として旅行気分を味わえるが、これが毎日続くとストレスがたまる。

施設で他人と共同生活するのは、便利さと引き換えにこうしたプライバシーや騒音問題を引き受けるということだ。そして健康保険が適用されるとはいえ、入院中の場所代・食事代はコストになる。もし老人ホームも在宅医療も同じ金額で受けられるとしたら、自分も後者を選びたい気がした。

孤独死の腐乱対策

おひとりさまは必然的に孤独死する可能性が高い。しかしよくよく考えればそれは人間として普通のこと。むしろ家族がいたとしても、死に目に会えるとは限らない。臨終を看取りたいというのは、死にゆく人でなく残された家族の都合であると分析されている。

独居老人がそなえるべきは、自宅で死んだ後なるべく早期に発見されるということ。酒井順子さんは『負け犬の遠吠え』で「腐乱も辞さず、腐ってもしょうがいないですー」と書いているが、死体を片づける人の迷惑については触れていない。自分が死んだ後のことはどうでもいいとはいえ、他人に世話をかけないのはおひとりさまのマナーでないかと思う。

本書で引用されている小島原さんの講演は、現在東京都監察医務院のウェブサイトから削除されている。調べたところ、Wayback Machineというインターネットのアーカイブサービスでかろうじて閲覧できるようだ。はてなブックマークにリンクをコメントしてくれている人がいる。

上記の講演内容によると、人の死体は腐るだけでなく液状化して階下に滴り落ちるものらしい。そこまでいくと部屋の特殊清掃も大掛かりなものになるだろう。自分が階下の被害者なら、床や天井ごと張り替えてほしい気がする。

こうした遺体の処理や清掃費用は誰が負担するのだろう。ぽっくり死ぬのは本人の自由だが、死んだらすぐに見つけてもらえるよう、友人なり隣人なりネットワークを作っておくべきたと感じた。

持ち家なら新聞を取るというのが手軽な対策。変に溜めると配達員や隣人に不審がってもらえる。集合住宅でもシェアハウスやグループホームで暮らせば、同居人に早期発見してもらえる確率が高まるだろう。

男の戒め

負け犬でもおひとりさまでも、この手のエッセイは「○○の10ヵ条」で締めるのが流儀らしい。『男おひとりさま道』の方にも「男の七戒」や10ヵ条が漏れなく登場する。その中でもグサッとくるのが「過去の栄光を語らない」という戒めだ。

男おひとりさま道 (文春文庫)

男おひとりさま道 (文春文庫)

上野 千鶴子
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上野先生の観察によると、男というのは常に勝ち負けにこだわり、パワーゲームを楽しむ生き物であるらしい。退職してからも過去の学歴・経歴で序列をつけたがり、老人同士が先生・社長とか役職名で呼び合うこともあるそうだ。

常にマウントを取ろうとせざるを得ないのが男の性。そしてこれは老後になっても続く習性。気をつけてどうにかなる性格でもない気はするが、少なくとも女性側から見ると不自然で異常に見えるということは、よくわかった。

負け犬特有のモテ自慢

上野先生は1948年生まれ。団塊世代で生涯独身を貫く女性は、まだめずらしかったのだろう。基本的にシングル女性は社会的少数派として擁護する論調で、『負け犬の遠吠え』に出てくるような自虐的表現は見られなかった。

もっとも、60歳近くの独身女性が既婚者をうらやましがるというのも気持ち悪く、カラッとさばけた感じで好感を持てる。そしてフェミニズムの立場によるのか、同世代の男性陣については相当手厳しい。

読んでいて興味を覚えたのは、負け犬もおひとりさまも「昔はモテた」という恋愛遍歴のエピソードがさりげなく挟まれる点だ。さすがに個別事例は詳しく語られないが、「過去に愛した男たち」とか不倫の経験談らしきものがさらっと出てくる。

負け犬の中にも序列はある。一度もモテたことのないブス子はその最底辺で、遠吠え本ではバッサリ切り捨てられている。そしてブス子の書いたエッセイなど、誰も読みたい代物ではない。ましてや老境に差しかかった独身女性の恨み節など、出版しても商品価値があるとは思えない。

そういうマーケティング上の理由から、負け犬・おひとりさま本も多少は色気を出す必要があったのだろう。著者はどちらも結婚して勝ち組になることもできたが、あえて普通の暮らしを選ばなかったというのがポイントだ。自由意思で人の道からそれたインテリ女性のミステリー、それが読者の興味をそそるのだと思う。

おひとりさまの老後 (文春文庫)

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上野 千鶴子
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中澤まゆみ、謎の類書シリーズ

その後、中澤まゆみさんの『おひとりさまの終の住みか』という本も読んでみた。上野千鶴子と同じく「おひとりさまの○○」というシリーズを出していてまぎらわしい。なかには『男おひとりさま術』という、タイトルも表紙デザインも酷似した本を出している。

本の中に類書への言及はいっさいなく、いったいどうしてこんなパクリみたいな本が出ているのか不明。しかし、内容は中澤さんの方がはるかに実践的で役に立つものだった。

出版された2015年時点で、在宅介護・高齢者住宅・介護施設・グループリビングについて網羅された書物としては決定版だと思う。老後の住まいについて、下手な入門書を何冊も買うよりはこれ1冊読んだ方が早い。

おひとりさまの終の住みか: 自分らしく安らかに最期まで暮らせる高齢期の「住まい」

おひとりさまの終の住みか: 自分らしく安らかに最期まで暮らせる高齢期の「住まい」

中澤 まゆみ
2,200円(11/21 01:27時点)
発売日: 2015/02/03
Amazonの情報を掲載しています

高齢者向け共同住居の事例が豊富

著者は特養でボランティアしていたらしく、施設の体験談にはリアリティーがある。特に介護市場の広がりを見て、利益目的で参入した新規事業者への批判は厳しい。

いかにして劣悪な老人ホームやサ高住を避けるか…地雷を踏まないノウハウについて、多くのアドバイスが載せられている。ジャーナリストとして自身の取材が元になっており、固有名は明かさないが相当ひどい介護の現場も見てきたのだろうと推測される。

在宅介護や老人ホームについての解説は常識的な範囲だが、特に第4章「ともに暮らす」は高齢者の共同生活に関する先進事例を数多く紹介している。那須塩原市の「ゆいの里」、恵那市の「くわのみハウス」、茨城県の「龍ヶ崎シニア村」など、他の本では取り上げられていなかったローカルなプロジェクトばかりだ。

地域色の強いグループリビング

「おひとりさま」というカテゴリーにおいては、別に高齢者でなくてもシェアハウスのような共同生活のメリットが出てくる。血縁関係にない同居人が、家族というコミュニティーの代わりになる可能性もある。

今後、未婚率や離婚率が上昇して単身生活者が増えれば、60代くらいから早めにグループリビングやコレクティブハウスに入居する例も増えてくるはずだ。

現在成立しているこれらの共同住宅は、その多くがもともと地域にあったデイサービスや施設を発展させたものだ。良い意味でも悪い意味でも非常にローカル色が強く、よそ者は入りにくそうな雰囲気を感じさせる。

中には「龍ヶ崎シニア村」のように、全国的に出資者を募って建設されたものもあり。こうしたコーポラティブ方式は昔からあるが、日本での実現例はかなり少ないように思われる。

ノマドなおひとりさまの悩み

両親が転勤族だったりして故郷や地縁がないおひとりさまは、終の住まいを選ぶ根拠にとぼしい。結局、仕事のために東京に集まってきて、歳を取るにつれ郊外に移っていくケースが多そうだ。

こういう浮き草のような単身者が、さみしい思いをせず(認知症も進行させず)に集まって暮らせる理想郷のような住まいはないだろうか。自業自得ではあるが、独り身のまま要介護になり貯金も少ないと、かなり悲惨な老後を迎えそうで心配だ。

そうならないように、今のうちから家族や仕事以外のコミュニティーを築いていおいた方がよいのだろう。その意味でも、グループリビングやコレクティブハウスという第3の選択肢は魅力的に思われる。

高齢者の住居・施設は複雑すぎる

高齢者住宅紹介業者へのインタビューによると、「ほとんどは親のためで、自分のためにホーム探しをする人は1割に満たない」そうだ。たいていの人は80歳近くで要介護になってから、ケアマネジャーの紹介する近隣施設になし崩し的に入居するように思われる。

そもそも現在の介護施設や老人ホームの種類がたくさんありすぎるうえ、介護保険の制度や施設名称がひんぱんに変わる。ようやく公的施設と民間業者の違いくらいはわかるようになってきたが、老人ホーム内の「介護付き/住居型」など区分は複雑かつ曖昧だ。

とりあえずできる範囲で老後の住まいを体験しようと、近似にあるサ高住のレストランでランチをとってみた。さすがにシニア向けなのか値段のわりに量が少なく、給食のように毎日代わり映えしないのも味気ない気がした。

サ高住のランチ

老後が心配になって何冊か本を読んでみたが、いまだに介護業界の全体像がつかめない。このまま高齢になってから自分で適切な住まいを選ぶのは、ほぼ不可能と思われる。

少なくとも生涯独身を貫くつもりなら、40代くらいから親の介護と一緒に、自分の老後についても意識しておいた方がよさそうだ。長期投資と同じで、早めの準備がものをいう世界に思われる。