『シェアをデザインする』レビューとシェアハウスLT城西の分析

前回レビューした『シェアハウス図鑑』は、どちらかというと建築家向けのマニュアル、学術的なレポートだった。続けて読んでみたのは、同じく建築業界の人たちが中心になって企画・編集された『シェアをデザインする』という本。

東京大学出身の若手建築家が立ち上げた「シェア研究会」。およびその成果をもとに2012年に開催された連続シンポジウム「シェアの未来」の講演・対談を収録した内容になっている。

編集担当者はすべて建築分野の出身だが、登場する著者には企業家や研究者、クリエイターも含まれる。各分野のシェアリングエコノミーに関するプロジェクトについて、当時の最新事例をまとめたレポートといえる。

2010年代前半のシェアハウスブーム

2012年から2014年にかけて発行されたシェアハウス関連の本やネットの記事が多いことを考えると、この頃が第一次のシェアハウスブームだったようだ。

ガートナーのハイプ・サイクルにたとえると、過剰期待による流行期。2018年に起きた「かぼちゃの馬車」事件で幻滅を味わい、いったんブームは沈静化したように見える。しかし廉価な共同住宅自体のニーズはあるので、水面下でじわじわ拡大しているように思う。

この先30年くらい経つと、シェアハウスは昭和の公団住宅くらい、ありふれた居住形態になっているかもしれない。そして2010年代に生まれた先駆的シェアハウスは、かつての同潤会アパートのように歴史に残る事例になっている可能性がある。その間取りや構造に関して、「51C型」や「ドミノシステム」に匹敵する発明と呼ばれていてもおかしくない。

本書で取り上げられる物件やコワーキングスペースは、すでに業界の伝説・古典といえるポジションを確立している。その代表例のひとつが、成瀬・猪熊建築設計事務所によるLT城西だ。

「LT城西」の空間構成

LT城西はデザイン性の高いシェアハウス関連の本で、必ずといっていいほど名前が挙げられる有名物件。設計事務所のウェブサイトに写真が豊富に掲載されている。

内部の構成を見てみると、外観はシンプルな箱だが内部は個室と共用部が複雑に入り組んでいる。個室は壁側に寄っているが、中央部にうがたれたコモンスペースは立体的な迷路のようだ。

4×3のグリッドにプレイベート/パブリックゾーンを整然と分散配置した感じだが、断面図を見ると微妙な高さのずれが挟み込まれている。同じく新築シェアハウスのSHAREyaraichoと少し似ている部分がある。あえてずらして配置した個室の合間に、隠れ家のような共用部を設けるのがデザインのポイントといえそうだ。

もし団地やマンションのように個室を片側に並べて積層し、隙間に廊下や水回りを詰め込めば、部屋数や収益率を上げられように思う。あえてプライベートなゾーンを減らし、豊かな共用部を確保したことでユニークな空間が実現された。

結果的にグッドデザイン賞や業界の各賞を受賞して評価され、建築作品としては有名になったこの物件。メディアに取り上げられたおかげで、名古屋の立地だが全国的に認知され、居住希望者が増えたということは想像に難くない。

そして賃料や入居率が向上してオーナーに安定的な収入をもたらし、部屋数を減らした分の元は十分に取れた、というのが勝手に思い描くサクセスストーリーだ。業界ではめずらしい新築のシェアハウスとして、お手本になる事例でないかと思う。

シニアは住めない多層シェアハウス

LT城西の竣工写真を見ると、ホワイトキューブに白木のフロアや階段が組み合わさった空間は魅力的に感じる。しかし平面図をよく観察すると、トイレは1階の隅に2つしかない。風呂場に湯船はなく、シャワーブースが2つあるだけだ。

個室は数えると13戸。この人数ならトイレとシャワーは2個ずつで足りるかもしれない。しかし、3階の遠い部屋から1階のトイレまで行き来するのは少々不便だ。

間にあるコモンスペースを通過するため、動線は無駄に長くなる。これは住民間のコミュニケーションを促進するために、あえて意図された設計だろう。

LT城西の3階に住むのは、膝を悪くした高齢者や障害者には厳しいと思う。例えるならば、これは愉快なツリーハウスのようなものだ。身体が健康なうちに過ごす家、もしくは非日常の別荘としては楽しめるだろう。

しかし毎日シャワーだけ浴びる生活というのは味気ない。風呂は小さくても、寒い季節は湯船につかりたいと思う。あるいは近所に安くて便利な銭湯があったりするのだろうか。歳をとるほど、こうした住まいに対する実用上のこだわりが増えるようだ。

LT城西はすばらしい建築だと思うが、自分にとっては賃料に見合うだけのメリットを得られない気がする。ひとことで言えば、これは「住む人を選ぶ家」。シェアハウスの標準化ではなく、一点ものの工芸作品のように感じる。

はっきり言って、シニアが住むには向かない。そして全国的に普及しそうなスタイルでもない。ただしそれ自体は「ターゲットが異なる」というだけで、この建築の価値を減ずるものではない。

スタジオアパートメントKICHI

もうひとつ本書に出てくる有名なシェアハウス事例として、福岡市の井尻にあるスタジオアパートメントKICHIを取り上げたい。元は社宅だった建物をリノベーションした物件で、音楽スタジオを備えたミュージシャン向けのマンションになっている。

線路脇の立地であるため、騒音・防音を逆手にとったアイデアといえる。結果的にハウスの共用部では住民による演奏イベントが開催され、地域コミュニティーのハブになっているようだ。

共用スペース以外は、ごく一般的なユニットバス付きのワンルームマンション。しかし、居住者のターゲットを絞って魅力的な共用設備を用意することで、うまく集客できた成功例といえる。ひつじ不動産のウェブサイトを確認すると、現在の空室はゼロだ。

もしこれが東京にあったら、音楽スタジオ付きの物件はいくつかあるので、これほど目立たなかったかもしれない。福岡市でしかも中心部からやや離れた井尻の住宅地にあるということが、KICHIの特異性を高めている。

これから地方にシェアハウスを企画する場合には、このくらい尖ったコンセプトの方がうまくいきそうな気がする。

シェアハウスに期待される役割

本書で紹介されている統計的な事実として、「親しい付き合いのある人は何人いるか」というアンケート結果が気になった。ニューヨーク、パリ、ロンドンでは4~5人であるのに対し、日本はゼロが50%以上を占めるという。集合住宅内に絞った回答結果は、ゼロ人が80%にのぼる。

実体験としても、確かに調査結果のとおりだと感じる。昔は引っ越したらマンションの隣人に菓子折りを持ってあいさつに行くのが普通だと思っていた。しかし今そんなことをしたら、犯罪目的の不審者とみなされてしまう。

シェアハウスに住んでいたとしても、隣人との関係は毎日あいさつする程度で「親しい」といえるかどうかはわからない。若いうちは身の回りのことを一人で済ませられるとしても、歳をとってから地域の住民とまったく接点がないのは不安だ。

予測によると、2010年代には核家族より単身もしくは夫婦のみの世帯が増える。さらに2020年になると、独り暮らし世帯のマジョリティが40~50代に移るという。

独り暮らし増加傾向のある日本において、過度の孤立を防ぐセーフティネットのひとつとして、シェアハウスは重要な役割を担っていくかもしれない。

多摩平団地の再生実験

コミュニティーを復活させる取り組みのひとつとして紹介されているのは、URによる多摩平団地の再生実験だ。ここには株式会社リビタの運営するシェアハウス「りえんと多摩平」だけでなく、間取りの広いファミリー向け住居と、サービス付き高齢者住宅(EV増設済み)が並んで配置されている。

場所は東京都内なので、参考までに現地を見に行ってみた。実際はそれぞれの住居棟が独立して建っており、居住者世代の異なる個室が入り混じっているわけではない。

多摩平団地

本書で紹介されている餅つき大会のようなイベントが、どのくらいの頻度で行われているのかはわからない。実際に団地全体でコミュニティーと呼べるものが再形成されているかは未知数だ。

そういえば自分の住んでいるシェアハウスでも、餅つきや流しそうめんというイベントは毎年恒例で行われている。少しくらいは同居人と話すきっかけになるが、それを機会に「親しい」と呼べるレベルまで仲良くなる感じはしない(あくまで自分の場合)。

適当に住まいを近づけてイベントを行えば、コミュニティーは勝手に発生するものでもないと思う。確率はゼロではないが、期待したほど効果は上がらないかもしれない。

『新建築』という雑誌の2019年8月号「集合住宅特集」で、社会学者の上野千鶴子が辛辣に建築業界を批判しているあたりはもっともだと思った。建築家がデザインする空間設計や、餅つきや盆踊りのようなありふれたイベント以外に、ソフト・サービス的な仕組みが足りていない気がする。

公共領域に広がる建築家の仕事

『シェアをデザインする』では、その他にも佐賀市の「わいわい!!コンテナ」、全国展開しているシェアードワークプレイスのco-ba、同じくシェアオフィスのco-labなど有名な事例が数多く取り上げられている。この本にざっと目を通しておけば、2010年代のメジャーなシェアハウス/シェアオフィス事例をひと通り押さえることができるだろう。

本書を読んだ全体的な感想としては、東京R不動産を手掛ける馬場正尊氏の対談コメントが的を射ていると思った。

今、いろいろな建築家に話を聞くと、どう考えても行政がやる仕事を、彼らが一生懸命考えて、悩んでいる。それはある意味で、公共という概念を僕たちが取り戻そうとしていることの表れであるような気がするんです。しかし、本来それは建築家がやるべき仕事なのかというジレンマもあり、悩みますが、誰かがやらなければいけない仕事なのでしょう。

『シェアをデザインする』

公共建築のコンペに応募したり、民間の戸建て・集合住宅を設計する従来のやり方では、建築家が食えなくなってきたということでもあると思う。公共建築の設計にしたところで、住民との対話や合意形成が重視されるようになってきた。

コンペに勝つ!』で紹介されていた山本理顕さんの邑楽町事件に関するいきさつを読んでも、建築家は住民との議論に多大な労力を割いているようだ(時間と労力を費やす分、プロジェクトの利益率は下がる)。

コミュニティーのデザインは難しい

パブリックスペースに関する議論は、もともと「都市計画」として建築家が担う分野であったことは確かだ。しかし最近は、住民とのワークショップや説明会というものがやたら多すぎて気味が悪い感じもする。

アップル社の製品デザインのように、ユーザーの意見を反映したからといって、必ずしもいいものができるとは限らない。実際の利用者を観察することは大事だが、使う人が意識していなかった問題点まで掘り下げて解決するのがプロに期待される役割だ。

シェアハウスやシェアオフィスの設計を通して、建築家がどこまで理想的なコミュニティーを実現できるかというのはわからない。人の交流というのは、空間的・時間的な近接性だけではない、もっと切実な必要性から生じているように思う。

その点では、「音楽という共通の趣味をベースにした」福岡の井尻アート計画(KICHI)にいちばんリアリティーを感じた。多摩平団地のように、複数の世代を近くに住まわせて餅つきイベントを開催するより、世代を超えて共通する趣味(ヨガとか囲碁とか盆栽とか…)をテーマに居住者を集めた方が、会話は弾む気がする。

自分がシェアハウスでよく話をする相手も、単に年齢や職種が近い同世代ではなく、同じ趣味を持つ高齢者の方だったりする。親友と呼べる旧友も、別に近くに住んでいるわけではない。地域性のあるコミュニティーではないが、遠方の友人というのもいざというとき頼りになる人間関係のひとつである。

シェアをデザインする: 変わるコミュニティ、ビジネス、クリエイションの現場

シェアをデザインする: 変わるコミュニティ、ビジネス、クリエイションの現場

猪熊 純, 成瀬 友梨, 布山陽介, 林千晶, 馬場正尊, 三浦展, 小林弘人, 門脇 耕三, 萩原 修, 安藤美冬, 島原万丈, 関口正人, 中村真広, 田中陽明, ドミニク・チェン
2,420円(11/20 21:15時点)
発売日: 2013/12/15
Amazonの情報を掲載しています